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気まずい、好きな街

  通った小学校は大久保駅の近く、中学校は新大久保駅と高田馬場駅の中間にあった。
 当時の新大久保駅周辺から職安通りにかけては無数のラブホテル、新大久保駅から高田馬場駅にかけては日雇い労働者向けのドヤ街があり、真っ当な女子供は近づくような場所ではなかった。
 1990年代に歌舞伎町から深夜に徒歩で帰った時、新大久保の路地両サイドに南米人の娼婦が立っていたのには、「新大久保にも国際化の波が来たか」と感心はしたが驚きはなかった。
 2000年代初頭に家探しで新大久保駅近くのマンションを見せてもらった時、窓を開けると目の前にラブホテルの看板が広がっていたのには、あきれるより「この街は変わらないなぁ」と懐かしさを感じた。また、その頃大久保駅からちょっと歩いた所に発売された高級マンションのチラシには「東中野駅より徒歩15分」と書かれ、大久保の文字はなかった。
 
 現在、新大久保は韓国ブームの聖地と呼ばれ、「新大久保コリアンタウン」として、連日、世代を超えた大勢の女性たちが訪れている。
 閑散としていた新大久保駅前に人があふれ、地味だった韓国料理店の看板に派手な色使いのハングル文字が躍るようになり、娼婦がぼんやり立っていた路地が竹下通りのように賑わっているのを見ていると、時代がすっかり変わってしまったなという思いになる。
 その一方、気まずさをを感じる。整形をした彼女の元の顔を知っているような。
 
 都内でも有数の人気スポットになり、これからも新大久保は変わっていくだろう。
盛り上がっている街特有の雰囲気、アジア的なエネルギッシュさは素晴らしく、魅力的で惹きつけられる。
 だから、僕は写真を撮る。ほんの少しだけ戸惑いながら。